土井歯科クリニックは、8月の院内リニューアルに向けた打ち合わせのため、先日やむなく休診にさせていただきました。
当日、打ち合わせまで少し時間があったのでテレビの番組欄を見ていたら、あの“ちい散歩”に私の実家のある蕨(わらび)の周辺を散策するとあるではありませんか!これは、見ないわけにはいかないとチャンネルを合わせてみました。
西川口駅から始まり周辺のレトロなお店「うんうん、これ昔と変わらないなー」といった映像、そして駅近くの古いトタンの建物、あれはその昔おおきな水道屋さんの事務所や倉庫があった辺りで「まだ残っていたの?」といった場所が写し出されました。
私の実家は蕨市内ですが、最寄りは川口市の西川口駅だったので小さい頃からよく利用していたため詳しいのです。この番組を見ていた人にだけ、私の幼少期の様子を交えてもう少し補足説明を加えていきたいと思います。
次に出てきた地井さんがブランコに乗っていた公園は、近くに8階建の公団住宅があり昭和40年代初めは鋳物工場がたくさん集まった地域でした。映画“キューポラのある街”の舞台になった地域で本当にたくさんの工場が密集し、鋳物工場は小さな製鉄所でもあったので、臭い、臭いと言っては子供の頃近くを通って遊びに行っていました。
また、その頃8階建ての公団住宅は周辺で1番高い建物で、なおかつエレベーターが設置されていたのでめずらしくて友達どうしで屋上まで昇っては遠くまで眺めた記憶があります。現在では、老朽化して目立たない建物になってしまいましたが当時はモダンな住宅だったのですよ!私も一緒に散歩させてくれればもっともっとたくさん解説してあげられたのにと残念でした。
それから歩道橋(跨線橋)の上から通過する電車を眺めるシーンがありましたが、私も小さい頃(小学校低学年まで)はよくあの上から通過する電車を友達と眺めて手を振ったり、貨物列車の連結数を数えたりしました。すぐ近くには“原っぱ”があり遊び仲間とコウロギやトカゲ(かなへび)をたくさん捕まえては、橋の上から通過する電車や貨物列車の上に「バイバイ!」とか「遠くに行けー!」「旅に出ろー!」といっては投げつけていた場所なんです。その頃の電車はまだ古いチョコレート色をした車両も多く残っていて今のように冷房車なんて考えられない時代でした。
それにしても子供はなんと残酷なことをするのでしょう。今ならそんなことをしている子供を見たら思わず「そんなかわいそうなことするなよ」と声をかけてしまうにちがいありません。あの橋はバイクや車が絶対来ない場所なので小さな子供でも安心して、心行くまで電車を眺めることのできる所で、最近ではとてもめずらしい歩道橋であることを再確認させてくれました。
最後は、あのSLがあった交通公園です。あそこは交差点や信号機が設置された自転車専用公園として交通ルールを学ぶ場所で、出来た当時は「なんてすごい公園ができたんだろう」とこれまた友達と自転車で繰り出して走り回っていた思い出のある公園なんです。放送では、全体的にあまり見どころが無いようなイメージが感じられましたが、私にとっては久しぶりにさまざまな思い出が蘇るとってもたのしい放送でした。
患者さんには、休診になってしまい迷惑をおかけしましたが、私個人にとっては“なつかしい!を感じることができました。

